Dr. Robert D. Eldridge (法政大学 沖縄文化研究所 国内研究員、元米国海兵隊太平洋基地政務外交部次長)より 「2016年米国大統領選を理解する(Making sense of the 2016 U.S Presidential Election)」 Platform for International Policy Dialogue (PIPD) 第30回セミナー開催のご報告

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NPO法人ZESDAは、「官民恊働ネットワークCrossover」(中央省庁の若手職員を中心とする異業種間ネットワーク)との共催、株式会社クリックネット まなび創生ラボ株式会社自由が丘パブリックリレーションズの協力により、在京の大使館、国際機関や外資系企業の職員、及び市民社会関係者をスピーカーに迎え、国内外の政治・経済・社会問題について英語での議論を通じて理解や問題意識を高める、「Platform for International Policy Dialogue (PIPD)」を開催しています。

11月11日(金)の 7:30 から 9:00 までの時間帯で開催した第30回PIPDセミナーは、第28回セミナーで「沖縄問題の真実―米国海兵隊元幹部の告白―」をテーマにお話いただいたDr. Robert Eldridgeを再度ゲスト・スピーカーとしてお招きし、「2016年米国大統領選を理解する(Making sense of the 2016 U.S Presidential Election) 」をテーマにお話し頂きました。なおDr. Robert Eldridgeは、在日米軍沖縄海兵隊司令部の元高官であり、現在、沖縄問題を中心に様々なメディアを通じて出版、執筆、翻訳活動を展開されています。

冒頭、Eldridge氏は、「自分は昨年の今頃、まさかトランプとヒラリーが共和党、民主党の大統領候補となるとは予想していなかった。しかし、トランプ勝利という大統領選の結果自体は、私にとって驚きではない。

彼女の敗北は実は、民主党の候補者を決定する7月のPrimary(予備選)で既に決まっていた。なぜなら彼女は、対立候補であったバーニー・サンダース氏の票を、不正に横取りしたからだ」と静かに、しかし、はっきりと所見を述べられました。その上でEldridge氏は、「自分はトランプ、ヒラリーのいずれも支持しておらず、二大政党のどちらにも与していない」と、ご自身のポジションを明らかにされたうえで、今回の大統領選挙の結果をもたらした要因について、以下のような見解を示されました。

◆一般市民の不満と高まる反エリート主義:
まず、アメリカの一般市民が政府に対して極めて高い不満を持っていること、にもかかわらず、都市部で活躍するエリート層が、市民の不満に対してあまりに鈍感であることを挙げられました。例えば、現在アメリカでは、1%の人間が99%の富を保有し、50%の子どもが貧困状態にあり、69%の家庭が1,000ドル未満の貯蓄がないそうです。中間層も縮小の一途をたどっています。
こうした状況において、縁故主義(cronyism)的手法で公的地位を濫用して私腹を肥やしているとみられたヒラリー氏への一般有権者の嫌悪感は高まっていったとのことです。また、7月に行われた民主党の予備選挙において、ヒラリー陣営が民主党執行部の一部と結託し、サンダース氏の選挙運動を妨害したり、不正に投票を操作したりしたことを示す大量のEメールでのやりとりがWikileaksによって暴露されたことも、「やはりヒラリーは既存のシステムを濫用する汚職にまみれたエリートである」とのイメージを強めたそうです。
こうした中、「“反知識人”、“反エリート”を標榜したトランプは、その精神的不安定さや政治家としての経験値の浅さ等にもかかわらず、“まだましな候補”として最終的に勝利をおさめたと考えられる」。Eldridgeはこのように選挙結果の背景にある米国社会の状況を紹介された上で、「トランプ氏の乱暴な言動は一般大衆のフラストレーションを、ある一面では代弁していると見ることができる」とも指摘。この点に関して著名な映画監督であるマイケル・ムーア氏が、「トランプは既存のシステムに投げ込まれた人間爆弾だ」と表現したことを紹介されました。また、御自身がトランプ氏の出身であるニューヨーク州の隣であるニュージャージー州の出身であることに触れながら、「おどしやハッタリを織り交ぜたトランプ氏のしゃべり方や態度は、特にその地域の中高年の男性たちに典型的に見られるものなのだ」、という興味深い指摘をされました。なお、Eldridge氏が先月高校の同窓会に参加した際、同級生に対して「誰に投票するか」と尋ねたところ、10人中7人が「トランプ氏に投票する」と答えたそうです。

◆アメリカの二大政党制の機能不全、そして既存権力とメディアの結託:
今回の選挙は、“酷い(mean)トランプ”と、“悪い(evil)ヒラリー”との争いであったという評価があります。そして、アメリカの有権者は、“mean”と“evil”の間で選択をしなければなりませんでした。実際、多くの世論調査で、ヒラリー、あるいはトランプを支持する最大の理由として、「相手の候補者が嫌いだから」が挙げられていました。この点、Eldridge氏は初代大統領のジョージ・ワシントンが「二大政党制が我々に与える選択肢は幻想(Illusion)となりかねない」と警鐘を鳴らしたことを紹介し、「正に現在のアメリカ政治は、共和党と民主党がコインの裏表のように一体で違いがなくなってきており、有権者に意味のある選択肢が与えられていない状況となっている」と指摘されました。

併せてEldridge氏は「特に主流派メディアは都市部に根ざしており、都市に住む高い教育を受けた一部の人間の声しか代弁できていない。こうしたメディアは、平均的なアメリカ人、つまり、地方に住む高い教育を受けていない多くの層の現状や心情を分かっていない。それどころか、見下している傾向すら見受けられる」と批判されました。またCNNやその株主であるTime Warner社、コムキャストやNBCテレビ等、主流メディアの多くが、ヒラリー陣営に多額の政治献金を通じて肩入れしていたこと、このために選挙予想や報道や偏った、そして誤りの多いものばかりになったと強調。そして「日本のメディアの米国に関する報道は、アメリカの偏ったメインストリームのメディアの報道をコピーしているものばかりだから、日本に現状は正しく伝わらない」と指摘されました。

◆選挙制度を巡る問題点:
ヒラリーの全米での得票数がトランプを上回ったにも関わらずトランプが勝利したのは、米国の殆どの州で、過半数の「選挙人(Electoral Collage)」を確保した候補者が、全ての「選挙人」を総取りできるという選挙制度が理由であるとEldridge氏は指摘されました。そのうえで「公平性の観点から問題がある既存の選挙制度は、将来、より比例代表的な制度に変わるかもしれない」と述べられました。但し、単純多数決の積上げ方式には、人口が相対的に少ない州の声を大統領選に反映し難くなる、という問題があります。この点、Eldridge氏は、ネブラスカ州が採用している「Constituency System」、即ち、州を区分けした選挙区ごとに「勝者総取り方式」で選挙人を割り当てるという制度を現実的な妥協案として紹介されました。但し、この制度にも、影響力のある候補者が、自身に有利になるように恣意的に選挙区の境界線を決めてしまう、いわゆる「gerrymandering」のリスクがあるようです。

Eldridge氏は「アメリカは二大政党制であると言われるが、実は20もの政党がある」ことを紹介されました。例えば、内科医のジル・スタイン氏が率いる「Green Party」や、元ニューメキシコ州知事のゲーリー・ジョンソン氏を大統領候補に指名し、小さな政府を徹底的に追及する政策で戦った「Libertarian Party」」等が挙げられます。これらの政党には熱心な支持者が少なからずいるものの、一般には殆ど認知されていません。これには「少なくとも5回の主要な世論調査で15%の支持を集めた候補者だけが公開討論に参加する資格が与えられる」といった参入障壁や、メディアの偏向報道が影響しているとEldridge氏は指摘されました。

◆米国有権者の今後の課題:
Eldridge氏は、今回の選挙によってアメリカ社会の分断が明らかになるとともに広がってしまったことに懸念を示された上で、「我々は今後、“アメリカ人”として連帯しなければならない」と強調。その上で、トランプ氏の言動にはファシスト的要素が見られると指摘した上で、「結託する既存エリートによる支配を終わりにしたいという、民主主義の弱体化を防止するための今回の行動が、民主主義の更なる弱体化を招くことがあってはならない。新しい大統領が誤ることがあれば、我々が教え、誤り続けるようであれば、しっかりと拒否の意志を示すことが必要だ」と力強く伝えられました。また、こうした状況で重要なこととして、「有権者の選挙への参加率を高めていくこと」であるとEldridge氏は力説されました。この点、現在米国の登録有権者の割合は、若年層及び低所得者層で低迷しており、18-24歳の有権者は46%、年収3万ドル以下の労働者については37%しか有権者登録をしていないそうです。

また、前述のように、メインストリームのメディアはもはや大衆から信用されておらず、身近な存在ではなくなってしまっていることを踏まえ、これからは一人一人がオルタナティブなメディアの影響力が高まるように行動し、二大政党以外の政党を育てることが必要である、とも指摘されました。そして、「アメリカの政治を立て直す上で、個人的に最も重要と考える課題は、大企業による政治献金の規制である」と強調され、プレゼンテーションを締めくくられました。

◆質疑応答:トランプ新大統領の今後の政権運営について
「トランプは共和党有力議員からもかなりの批判を浴びていたが、今後の政権運営は可能なのか」との質問に対してEldridge氏は、「お互いにしばらくは心理的に居心地の悪い思いをするかもしれないが、二年後の中間選挙での勝利に向けて、協働していくだろう」と答えられました。また新トランプ政権は、上下両院とも共和党が多数派を握ることから、政権運営はむしろスムーズとなり得ること、また、最高裁判所の判事の現状の構成が、保守派4名、革新派4名、空席1名となっている中、トランプ氏が保守的な傾向のある候補を指名し、上院がそれを承認すれば、最高裁も保守的な傾向が強まる可能性があると指摘されました。併せて、「孤立主義外交」を標榜するとみられているトランプ新大統領は、米国による近年の他国への軍事干渉に疲弊している軍部からはむしろ歓迎されるのではないか、との見解も示されました。

また、トランプ新政権における閣僚メンバーや補佐官人事に注目が集まるところ、特に日本大使については、安全保障のスペシャリストが就くことが望ましい、との意見が示されました。この点、トランプ氏は前回訪問時のバブル期の日本のイメージを持っており、「お金があるにもかかわらず基地負担についてはただ乗りしている」というイメージを持っているのではないか、との見方も示されました。この点、日本とアメリカの距離感についても、トランプ氏の言動はぶれが大きく、常に緊密な距離感を取ろうとすると、振り回されることとなると思われるため、アメリカとの距離感の取り方についてはよく考えるべきとのことでした。

最後まで質問が尽きることなく、議論が大きく盛り上がる中、今回のセミナーは幕を閉じました。

なお、今回も株式会社Click Net 社長の丸山剛様、並びに社員の皆様のご厚意で、セミナー会場として同社が主宰する「まなび創生ラボ」をお貸し頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。有り難うございました。