NPO法人ZESDAは、「官民恊働ネットワークCrossover」(中央省庁の若手職員を中心とする異業種間ネットワーク)との共催、株式会社クリックネット まなび創生ラボ、株式会社自由が丘パブリックリレーションズの協力により、在京の大使館、国際機関や外資系企業の職員、及び市民社会関係者をスピーカーに迎え、国内外の政治・経済・社会問題について英語での議論を通じて理解や問題意識を高める、「Platform for International Policy Dialogue (PIPD)」を開催しています。
4月1日(土)に開催した第34回PIPDセミナーは、Nicolas du Bois氏とAlexei du Bois氏のお二人をゲストスピーカーとしてお招きしました。お二人カナダ生まれの兄弟であり、イギリス、南アフリカへと移り住み、今は南アフリカに日本の「塾」をモデルにした取組みを始めようと共に尽力しています。お二人からは、日本と南アフリカの教育システムを比較しつつ、南アフリカでなぜ日本の「塾」をモデルとしたビジネスが大きな可能性を持っているか、お二人のビジョンやビジネス・プランと併せてお話しいただきました。なお、英国のオックスフォード在住のAlexei氏は、ビデオ会議のアプリを使ってセミナーに参加、お話を頂きました。
◆日本の教育システムについて
まず、Nicolas氏からは、2011年から3年間、JET(Japan Exchange and Teaching) Programへの参加を通じて、日本の静岡の高校で英語を教えていた時の経験が共有されました。JET Programとは、主に教育分野でキャリアを歩みたい方を海外から募り、日本の公立学校で英語を中心に教鞭を執る経験を提供しているプログラムです。
JET Programの受入人数は近年減っていましたが、東京オリンピックを見据え、日本人の英語力向上というニーズに応えるべく、再び増加傾向にあるそうです。また、このプログラムにより外国人講師が派遣される学校は、これまで主に地方都市が多かったそうですが、最近では東京や大阪のような大都市にも派遣されるようになっているそうです。
このプログラムに参加した経験から、Nicolas氏は日本の公教育について「平等性」が非常に高いと感じたそうです。例えば、教材費など多少の費用は要するものの、基本的に無料であること。設備についても公費により一定のレベルが保証されていること。そして教師についても一定の質が保証されており、レベルが非常に高いこと。また優秀な教師が教え易い学校ばかりをえり好みしないよう人事異動により一定期間ごとに配置転換があること等が、学校間の質の平等化に寄与しているのではないか、と述べられていました。
◆日本の教育システムについてディスカッション
続いて、Nicolas氏のプレゼンテーションも踏まえながら、参加者同士で「もし、もう一度小学校・中学校の教育を受けられるなら、どんな教育を受けたいか」をテーマに、4,5人の小グループをつくって英語で話し合った後、会場全体で内容を共有しました。
「国際的な感覚」や「コミュニケーションスキル」、「何が真実かを見極められる力」など、現代の社会に対応して必要なスキルや能力が挙げられる一方で、「そもそもなぜ勉強が必要なのか、どんな意味があるのか」を学びたかったという意見や、「学校は子どもに安心できる時間や場所を与えられることが必要」という意見も出されました。
◆南アフリカの教育システムについて
ディスカッションの後、スピーカーのお二人が受けた南アフリカの教育システムについての紹介がありました。まず南アフリカの国全体のGDPは日本の7分の1程度、人口は半分程度(5,200万人)ですが、一人あたりのGDPは6,600USドルとアフリカ諸国の中では相当豊かな国です。しかしアパルトヘイトの影響もあり経済格差が大きく、学校についても親の所得に応じて5段階に分けられているそうです。
最も所得が高い層が通う学校と、最も所得が低い層が通う学校の様子が写真付きで紹介されました。所得が高い層が通う学校には机や椅子はもちろん、広大なグラウンドやテニスコートがあり、その質は日本の公立中学・高校すら上回るように見えます。一方で、所得が最も低い層が通う学校の写真を見ると、非常に小さい教室で、机は先生用のものだけ、冷暖房もないために冬は非常に寒いなど、両者には大きな差があることが窺われました。
最も所得が高い層が通う学校は、アパルトヘイト時代には白人しか通うことができなかったそうです。現在はそのような区別はありませんが、南アフリカの所得水準からするとかなり高額の年間約40万円の学費が必要となることから、実際に通うことのできる層はごく僅かとなります。
教育の質についても、日本の教師は国家資格という最低限の基準を必ず満たしている一方で、南アフリカでは75%の教師は基準を満たしておらず、また公的な人事異動システムもないことから、基準を満たす優秀な教師は、待遇がよく、教え易い、優秀な生徒がそろう一部の学校に集中する状況となっているそうです。地域の経済・社会的環境が学校教育の質の差に直結しており、学校間で提供される教育の質は日本と比較にならないほど大きなものとなっているとのことです。
実際、教育の成果の一つである学力について、発展途上国間で数学と科学の点数を比較した場合、南アフリカは15歳時点でデータをとっているにもかかわらず、14歳時点でデータをとっている他の国と比較しても相当低くなっています。さらに、所得によって分けられた5段階の学校群ごとに平均の点数に大きな開きがあり、また、公立と私立の間でも大きな格差が存在しています。また、段階別の学校群ごとの大学進学率にも大きな差があります。大学への進学率の差は、後に就業率の差となって将来の所得や生活の安定にも大きな影響をもたらすとのことでした。
◆「塾」プロジェクトについて
このような南アフリカの教育事情を背景として、以下の理由からNicolas氏とAlexei氏は日本の「塾」をモデルとしたビジネスが成立すると考えたそうです。
・沢山のnon-profitの取組みの存在
まず南アフリカには、既に沢山のnon-profitの教育に関する取組みがあるそうです。しかし、お二人はnon-profitモデルではなく日本の塾のように、お金を払ってもらう塾モデルを採用しました。これは、non-profitモデルでは継続的な収入がないため予算制約があり、救うことができる学生の数には限りがあること、また、無料で受ける教育よりも、たとえ少額でもお金を払って受ける教育の方が高い効果が得られるという研究があることを踏まえてのことです。それぞれが支払う額自体が少額であっても、一度の授業で20人~30人程度が参加すれば、塾全体では一定の収入が確保できるだろうと考えているとのことです。また、このようなモデルは他の発展途上国でも成功例があるとのことです。
・大学に進学できない理由
低所得層が大学に進学できない理由の一つである、大学入試の各科目の最低基準を満たすことすらできない、という問題に対応するために、お二人は、公教育とは別の補足的な教育を提供できれば、中・低所得層であっても大学に進学できる可能性が高まり、将来の安定的な収入につながるのではないかと考えています。なお、私立学校を設立するという選択肢を採用すると公立学校から優秀な教師を奪ってしまうという問題が発生するところ、塾モデルであれば、公立学校と補完的な関係を保つことができるといえます。
・成果測定、広報が可能であること
日本の塾や予備校では、「東大○名合格!」などの実績がアピールされています。南アフリカでは、多くの学校はこのような実績の測定や広報をしておらず、教育の効果が不透明と言えます。
このような中で日本の塾のように実績を測定し、広報することができれば、それは大きなアドバンテージになるだろうと述べていました。さらに、彼らは小中学生ではなく高校生を対象とした塾を開くことを考えていますが、この実績が測りやすいという点から、高校生を対象とするという選択をしたそうです。
今回は土曜日の開催ということもあり、セミナー後に懇親会を開き、参加者皆でNicolas氏を囲んで教育談義に花を咲かせました。
今回も株式会社クリックネット社長の丸山剛様、並びに社員の皆様のご厚意で、セミナー会場として同社が主宰する「まなび創生ラボ」をお貸し頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。有り難うございました。