2019年12月21日〜22日、我々NPO法人ZESDAは研究・イノベーション学会プロデュース研究分科会と共に「鶴岡イノベーションヴィレッジ訪問、ベンチャー企業との論議&温泉宿泊ツアー」を開催いたしました。
今回の記事は去年開催されたツアー同様に、事務局スタッフの永渕(立教大学3年生)が担当させていただきます。去年の鶴岡のツアーにも参加し記事を書かせてもらった身として、自分なりに考えたこと・感じたことなどを書かせていただければなと思います。
昨年の記事
今回のツアーには、評論家の宇野常寛氏・音喜多駿参議院議員・伊藤正実群馬大教授(前産学連携学会長)三宅秀道専修大准教授(主著に「新しい市場のつくり方」)などなど各界で活躍する豪華メンバーが総勢40名参加しました。最先端テクノロジーベンチャーが集積し、地方創生の成功例として注目を集めている鶴岡にて、知的産業による地方活性化に関してツアー参加者全員で考える企画となりました。
第一部:冨田所長講演及び質疑応答並びに施設見学
12月21日13時30分、会場に参加者が集合し、ツアーは冨田所長の「脱優等生」をテーマにした講演で幕をあけました。
「異端妄説の譏(そしり)を恐ることなく、勇を振て我思う所の説を吐くべし」。福沢諭吉著『文明論の概略』の一節に、冨田所長は現在の日本社会に圧倒的に足りていない「脱優等生」の姿を見ます。過ちを犯さないように振る舞い、周囲から褒められるための努力を重ねる優等生。「脱優等生」とは彼らとは反対に、「人とは違うことをする人」。自らの興味関心に突き進み、世の中の進歩を促していく人材であると冨田所長は説明します。
受験を経由した優等生を育成するための教育ではなく、ブレイクスルーを起こすことのできる「脱優等生」をいかに育成するか。冨田所長がこれまで辿ってこられた軌跡が語られました。
冨田所長の講演のあと、参加者一同は、代謝物の解析をはじめとした先端的な基礎研究を支えるメタボローム解析器が多数整備された研究ラボの見学へと赴きました。
冨田所長いわく、細胞内にある数百種類の代謝物を一斉解析できる高性能なメタボローム解析器がここまで集まっているのは世界中でも鶴岡だけであるそうです。世界最先端の技術を他国の研究機関を圧倒するスケールで保持することによって、他の研究機関に競争ではなく共同研究を提案させる効果もあるとか。「イノベーションに必要なものは、選択と集中と少しのハッタリ」と笑いながら話す冨田所長の姿はとても印象的でした。
第二部:バイオベンチャーによるプレゼンと論議
施設見学終了後は、「第二部:バイオベンチャーによるプレゼンと論議」です。
まず同研究所出身であるメタジェンCOOの村上慎之介氏、spiber代表の関山和秀氏。そして今回のツアー参加者でもあるdategatewayCEDの向縄嘉律哉氏による講演が行われました。
メタジェンの村上氏からは、人々が個々に持つ腸内細菌の多様性に着目した将来の健康の在り方について話していただきました。社会システムレベルで腸内細菌が管理され、人間が自身の身体に鋭敏に反応し健康を管理することできる未来を予感させる内容で非常に興味深かったです。
bitgrid/dategatewayの向縄氏はデータサイエンスに関しての講演をしてくださいました。グローバル規模でデータドリブンを展開し、世界中にデータサイエンスコミュニティを形成するという壮大なテーマでの講演で熱がこもった内容でした。
spiberの関山氏からは、去年の講演から1年を経て、クモの糸の実用生産に関するspiberの事業展開の成果や今後の展望に関して話していただきました。クモの糸の原材料であるタンパク質の天文学的な結合パターンに秘められた可能性、アパレルと車産業におけるこれからのspiberの展開などについての内容で、去年よりもかなり具体的な内容に話が踏み込まれており、spiberに大きな転進があったことがわかる内容でした。
第三部:ディスカッション
講演会の最後に冨田所長・関山氏・村上氏とプロデュース研究分科会、伊藤正実教授とのパネルディスカッションが行われました。
ディスカッションは伊藤正実教授の進行により、緊張感のあふれる刺激的な内容となりました。冨田所長が生命科学に関心を持った理由・先生が見出しているデータドリブンとバイオロジーの将来の可能性・大学ベンチャーの現状・慶應大先端生命科学研究所という革新的なアイデアが生み出される空間をデザインするうえでの工夫、などなど広範なテーマに関して話をしていただきました。
パネルディスカッションで個人的に印象に残ったのは、冨田所長の学生に対してのスタンスです。先生は生徒の研究計画に対し「理論的に無理だと思ったら、それは難しいと必ず言うようにしています。一方で、普通は無理だと思うようなことでも、理論的に出来るかもしれないならば、止めないようにしています。アメリカがやってできないのならばできないだろうと言って止めるのはすごく恰好が悪いと思っています。」とのことでした。
実際、もし冨田所長が、関山氏の研究に対して「クモの糸の実用生産は、NASAや米軍が莫大な予算を投じてもできなかったのだから、一学生には無理だろう。」と言って、彼のチャレンジを止めさせていたならば、現在のspiberの躍進もなかったわけです。
放任するわけでも、規則でがんじがらめにするのでもない。あくまでも生徒の興味関心を伸ばし、彼ら彼女らが自らのやりたいことに全力で取り組むことができる環境を提供する。これこそが冨田所長の教育スタンスであり、我々ZESDAが推進する理想のプロデューサーシップを実現されている方なのだなと改めて感じました。
三部構成の長い日程をすべて終えて、ツアー参加者はスイデンホテルにチェックインし、19時半からの懇親会に臨みました。懇親会は参加者と冨田所長・西山氏・関山氏もお迎えしながら、地方と東京における教育の意義・地方創生の今後のあるべき方針など、侃々諤々と論じ合う濃密な交流会となりました。
実は、今回のツアー参加者は、ZESDA代表の桜庭氏など主催団体の一部とは知り合いではあっても、他のほとんどの参加者とは初対面という状態だったこともあり、ZESDAの”introduce”(補完し合える人材と人材を繋げること)が見事に功を奏し、新しい出会いから各々のコネやチエを拡張する結果へと繋がっていました。このツアーでの出会いから新しいビジネスや取り組みがいくつも生まれていきそうです。
懇親会の熱は一次会では冷めやらず、深夜までロビーで二次会を行っている参加者の方々も大勢いらっしゃいました。各自が各自の問題点を持ち寄り、白熱した議論を続けていました。
二次会では、当法人の代表である桜庭氏が冨田所長に「徳」について尋ねていたことが印象的でした。歴史的に、人を集め、改革を起こし、大きな事業を成し遂げる人には総じて「徳」というものが備わっていると言われますが、「徳」に対して、冨田所長は「私事の範囲を超えた部分で、どれだけ社会全体のことを考えて労力をかけることができている質と量、すなわち、その人の活動全体から私事を除いた部分のうち公事と重なっている部分の大きさである」と述べていました。「私」の部分で自分の活動をしているだけでは、それは「徳」であるとは言うことが出来ず、社会全体に対して自らがどれだけのコストを払い、貢献することができるのかに、その人の「徳」の総量が決まってくる。一日を通じて講演・パネルディスカッションで、冨田所長の言葉を聞いてきた中で、それらの話が「徳」の話に結実するように感じました。
私自身も深夜(というか明け方)まで残らせていただいて、東京工業大学特別研究員の古谷紳太郎氏とspiber代表の関山和秀氏のお二人から、社会で生きていく上でのチエを浴びるように話してもらうというとてつもなく貴重な体験をさせていただきました。
まとめ
さて、今回のツアーを通じて、参加者一同が向き合ったテーマは「人材育成」であったように思います。地方であろうと、良質な人材を集めることが出来れば、イノベーションを起こすことは可能ですし、地方からグローバルに経済活動を行うことも可能だと思われます。
そのような状況を生み出すためには、良質な人材をいかに「育てる」のかが重要なテーマとなります。人材を本当の意味において「育てる」ためにはチエを与え、コネを紹介し、カネを獲得する方法を本人自身に考えさせること、そして成功するまで「とことん」付き合う姿勢が必要です。この姿勢こそが冨田所長の教育理念の根幹にあるように感じました。今回のツアーを通じ、鶴岡が、世界と直接戦える地方の研究施設の数少ない事例となった理由を垣間見ることができたように思えます。
熱気のこもった一夜が明け、私は他の参加者の方々よりも一足先に帰宅することとなりました。朝6時ごろ、スイデンテラスから少し離れたバス停から周囲の景色を眺め、あらためて鶴岡の美しさを感じました。静謐でありながらも、新しい何かが立ち上がってくるようなエネルギーの立ち込める、そんな早朝の光景。今年のツアーを総括するにふさわしい景色を背後に、私は鶴岡を後にしました。
あらためまして、今回のイベントを提案してくださった冨田所長、慶應大先端生命科学研究所の皆様、貴重な機会を提供していただき、誠に感謝申し上げます。
今後もNPO法人ZESDAは、さまざまなプロデュース活動やイベントを行ってまいります。これからも益々のご支援・ご協力のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。(了)