第18回ZESDAプロデュース・カレッジ 事前レポート①『プロデューサーシップって本当のところ一体何?』


第18回ZESDAプロデュース・カレッジは、講師に「プロデューサーシップ~組織人の条件~」(http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/P50550.html)
の著者であられる青山学院大学経営学部 山下教授をお招きし、「プロデューサーシップ~創造する組織人の条件~」をテーマに開催いたします。

イベント申し込み・詳細はこちらからお願いいたします
→→→ http://peatix.com/event/101186/

開催に先立ちまして、私たちZESDAは「プロデューサーシップ」という言葉をいつも何の疑問もなく当たり前のイメージで使っていますが、その言葉の意味を改めて確認したいと思います。

英語のプロデューサーシップはデュースに接頭語のプロが付いた言葉です。サーは、人のこと。接尾語のシップとは、この場合は抽象名詞を作ります。

proは、「前の方へ」、duceは、「導く」、pro+duceは、「前の方へ導く」、それに接尾語のerを加えると「〜する人」、これにshipが付くと抽象名詞となり「前の方へと導く人」の一般的な類型、つまり或る特殊なパターンの一般的形式を意味し、『「ある意図に基づいて、ある目的へと或ものを前の方へと導く人」の典型』となります。

このような手順でとらえると、producershipとは、このような行為する人の典型を一般的に型式化し、抽象化した概念、あるいは特殊形式であると言えます。

ある人物が構想したある目的を達成するために、現状を変えたり、新しいものを作ったり、つまり、今ある目の前の現状を、ただ単に肯定的、受動的に日々を惰性で生きるのではなく、積極的、能動的に現状を良きものに変えていったり、新しいものを構想したり、実際に創り出したりといった行為をプロデューサーシップと呼んでいるのだろうと思います。一言で言うと、現実世界に新たなものを作り出すことそのもののが、プロデューサーシップであると理解しているのではないかと思います。

しかし、一方で、プロデューサーシップは、和製英語ともいわれています。微妙に意味自体は曖昧なものかもしれません。使われるそれぞれの場面でニュアンスがちがってくる言葉なのかもしれません。考えれば考えるほど、なかなかこれといった定義の決まらない曖昧な言葉のようです。

 

プロデューサーシップが必要である、とは言うもののとても困難であることも事実です。新たなことを実現しようとするにしても、様々な厳しい現実の壁に突き当たります。組織、人間関係、社会にある様々なことなど。また、そもそも自分は本当は何を実現したいのかとか、本当にこの目的を選択して間違いはないのかという自分自身の心にある迷いなどは、何をやるにしても常に付きまとっていて離れないのではないでしょうか。つまり外部環境の問題と同時に自身の心、精神、意欲とか意志の問題とか。むしろ、外側の問題よりも、内側の問題の方がより困難なのだろうと思います。だから、プロデューサーシップについて考えるとき、この外側からも、そして特に自分自身の心の底にある内側からも困難な壁に突き当たります。しかし、差し当たり前に進む為に、敢えて試行錯誤せざる得ないし、失敗も付き物であるとも、古来からもよく言われています。

今回の山下先生の話は面白いです。

先生は特に映画業界をはじめとしたエンタメ業界に関心を持つ人で、映画製作のプロセスをフィールドワークすることによってプロデューサーシップについて考えてきました。

先生の著書で、以下の興味深い一節がありました。

「映画の創造性を作り込むというプロデューサーにとっての大きな役割は、単に作業リストとして存在しているだけではない。脚本を作る、現場で監督の演出を管理する、撮影後に編集する、という実作業自体は、やれと言われれば誰でもできるものである。監督だけでなくあらゆるスタッフを雇用する側にあるプロデューサーはそれ相応の発言力を持っているからだ。ただし、品質の良い映画を作るのであれば、単に『その役割を果たしました』というだけでは不十分なのは明らかだ。

問われているのは、何をやるか、ではなく、それをどのようにうまくやるか、である。

そのような視点で見れば、監督と向き合うためのコツというのがあることがわかる。(中略)

脚本を作っている段階というのは、プロデューサーはアート指向でもビジネス指向でもなく、監督のイメージする世界観を見守ろうとする姿勢がもっとも適切である。もちろん、スポンサーたちが意図している企画の趣旨はつたえるのだが、それに対して監督がどのようなレスポンスをするのかを期待している。映画の世界観をつくるのは監督の役割なのに、プロデューサーがアート指向になりすぎてその領域を侵犯するのであれば、その監督を起用した意味がなくなってしまう。逆に、ビジネス指向で監督と対話しようとすると、その監督は『こんなプロデューサーとは映画の世界観について語り合えない』という判断をして、その後のコミュニケーションも取りづらくなるにちがいない。(図参照)」
(山下勝著「プロデューサーシップ 創造する組織人の条件」p101〜102より引用)

プロデューサーは、人の背中を押したり引いたり、場合により静観したり。関わり方のノリも含め臨機応変な対応が必要であるということがわかります。

果たして、プロデューサーシップというものの法則性や、いついかなる場面、場所でも効果を発揮できる簡潔で誰にでも分かりやすいマニュアルを作ることは可能なのでしょうか。そのようなことはプロデューサーシップが発揮される現実自体の孕む複雑性により、到底無理なのでしょうか。

これらの問と合わせて、プロデューサーシップとは何かについて、これからも、日々日常の中で、もっと深く考えていきたいと思います。

イベント当日、山下先生からどんなお話が聴けるのか楽しみです。

【第18回ZESDAプロデュース・カレッジ開催概要】

「プロデューサーシップ~創造する組織人の条件~」
講師:青山学院大学経営学部 山下勝 教授
日時:2015年8月22日(土)開場12:30  開始13:00 終了16:00
場所:日本経済大学大学院 246ホール
http://shibuya.jue.ac.jp/campuslife/facilities.html
JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン
渋谷駅南改札西口徒歩3分
会費:社会人2000円 学生1000円
申込:http://peatix.com/event/101186/
※ イベント終了後、講師を交えた交流会(会費3000円前後)を開催いたします。

イベント申し込み・詳細はこちらからお願いいたします
→→→ http://peatix.com/event/101186/