【ZESDA・イノベーション研究ノート(1)】メタエンジニアリングが、エンジニアリングとは根本的に異なる点についての考察


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“Pessimism and Optimism(1923) “ Giacomo Bella(1871〜1958)

今回から、本ブログにて、定期的にZESDAによる「イノベーション研究のためのノート」を掲載させて頂きます。

私たちZESDAは、研究開発法人科学技術振興機構(JST)が主催するサイエンスアゴラにて、メタエンジニアリングをテーマとしたイベント「未来都市をデザインしよう~2020年からの東京~」を共催いたしました。これを機会として、本イベントの中心テーマである「メタエンジニアリング」について、改めて考えてみたいと思います。

「メタエンジニアリング」は、鈴木浩先生(日本経済大学大学院教授、メタエンジニアリング研究所 所長)が、新たに考案、提唱する概念であり、①マイニング、②エクスプローリング、③コンバージング、④インプリメンティングの4つの手順により構成され、これらにスパイラル状に取り組むことにより、課題を解決し、さらにはイノベーションを引き起こすために有効な動的なエンジニアリングの手法です[1]。

なお、①から④のそれぞれの言葉の意味については、以下のリンクについてもご参照ください。

http://zesda.hatenablog.com/entry/2014/12/16/001305

メタエンジニアリングとは「動的なエンジニアリングの手法」と定義付けられますが、そもそも従来型の「エンジニアリング」とはどのようなものなのでしょうか。鈴木先生は、

「エンジニアリングとは、様々な課題や、製品、システムに対し、既存の制約条件を満足させながら、好結果を生むように、デザインすることである」[2]

と定義されており、しかし、このような従来型の「エンジニアリング」では限界があると指摘されています。

「従来型のエンジニアリングのように制約条件をはじめに立てることによって、視野や使われる科学技術に制約が係り本来の解決策に結びつかないのではないか。こうした限界が、近年、科学技術は成果を上げてはいるが、しかしイノベーションについては活性化していないのではないかとの疑問を抱いている。こうしてメタエンジニアリングの概念が誕生した。」[2]

エンジニアリングは、既に事実として了解、承認、決定され固定化された、かかる制約条件のもとでの定義や公理を前提として、あくまで「形式的な論理」により、外部が存在しない閉じた形で組み立てられた体系的な手法です。それは、外部環境及び内部環境においてさえ各組織、器官が相互に、且つ複雑に影響関係を持つ生き生きとした有機体としての生命体のようなものではなく、静的な形態で固定化したものであり、無機物として存在する機械装置の物的にイメージされます。一方、メタエンジニアリングは、正に有機的な生命体のようなイメージで想起されるものであると言えます。 

また、メタエンジニアリングの「メタ」とは「前に」を表す接頭語であり、古代ギリシャの哲学者、アリストテレスの言葉にならって言えば、個別分野である自然学や倫理学などの根元にある基礎的な領域を探求する学問、存在の学であるメタフィジックス(形而上学)の「メタ」に該当します。

メタエンジニアリングには、この「メタ」という言葉が指し示すように、エンジニアリングの実践の形成過程において「なぜ」と問うこと、「WHY」という問いが必然的に組み込まれています。このように、メタエンジニアリングの活動を形成する本質部分に、「なぜ(WHY)」という問いを繰り返し実践すること、更に言えば、メタエンジニアリングのプロセスをスパイラル状に展開するための推進機構の中核のエンジンとしての役割をになうものである「なぜ(WHY)」という問いの存在を認識することが、特に重要です。

メタエンジニアリングの実践においては、「なにか(WHAT)」や「HOW(どのように)」ではなく、様々にある問いの種類のなかで第一番目として挙げるべきなのは、物事の根拠を問う『なぜ(WHY)』という問いであることを敢えて強調する必要があると考えます。この様に考える第一の理由としては、対象としている物や事の本質的な構造について、様々な先入観により、真の姿ではなく歪んだ形で、或いは例えるならば、曇りガラス越しに歪んだ形でボンヤリとした輪郭のハッキリとしない不明確な姿でしか把握しきれていない場合が多いという我々の認識の在り方への強い反省作用を促す貴重な機会を創出する優れた方法として、「なぜ(WHY)」と問うことは非常に有効であると思われるからです。

メタエンジニアリングが従来型のエンジニアリングと決定的に異なる点は、エンジニアリングそのもの一般についての存在の意味や、既に展開した結果により具体的に存在している或る特定のエンジニアリングの形式の存在根拠を、根源的に問い直すという性格のものである点です。

それ故に、「このことは、メタエンジニアリングが様々なエンジニアリング(工学や技術)を追求した後で追求されるべきエンジニアリングである」[2]とも言われ、ここで述べられているようにメタエンジニアリングは、謂わば、エンジニアリングの総体を包括した根源的、超越論的なエンジニアリングの手法と本質的思考であると言えます。

これらの議論を踏まえ、メタエンジニアリングの意味と手法の意義について理解するための方法の一つとして、既存のエンジニアリングの限界性を改めて認識し整理し直して、メタエンジニアリングの内容と比較、検討することは有効であると考えます。

因みに、メタエンジニアリングの幾つかある特徴の一部をあげるならば、以下です。

メタエンジニアリングの実践においては、メタエンジニアリングを構成する4つのプロセスの最初の段階であるマイニングは「見えている課題の裏にある根本的課題を探り出すこと」[2]であり、「見えている課題にすぐに取り組まずに、なぜその課題が良いのかを考えること」[2]により、目の前の課題が有意義に存在しているという前提そのものを、先ず疑うところから始めることが求められることです。

一方、既存のエンジニアリングでは、先に述べたように、或る特定のエンジニアリングのシステムが既に成立していることはその全体のシステムが成立するための大前提であり、システムの根拠(成立条件)としての前提を疑うことは想定していません。なぜならば、そのエンジニアリングシステムがその体系の範囲で問題なく機能しているということが、そもそもの思考や当のシステムが成立していることの出発点であり、動かし得ない大前提だからです。

メタエンジニアリングの第一段階であるマイニングは、さらに次のステップであるエクスプローリングへと歩を進めます。エクスプロ
ーリングにおいては「従来の制約に捉われないこと」[1]と「一度、制約を外れ、高い位置からの見方(虫の目ではなく鳥の目)」[1]になることが求められます。(更に、次のステップであるマイニングからの次の段階への移行プロセスの説明については、出典[1]を参照。なお、メタエンジニアリング理論においては、それを構成する4つのステップは、説明の便宜上、それぞれ個別に独立したものとして記述されますが、4つのステップ・サイクル全体をスパイラル状に展開する過程において、これら4つのステップが繰り返し実施されることを考慮すると、現在実施している段階においては、既に次の段階への移行する力動として先行的観念のかたちで次の段階が、更に言えば全ステップが仮説等の形式で想起、予期され既に含まれていると考えられます。)

ここまで、従来型のエンジニアリングとメタエンジニアリングの違いについて確認しました。

それでは、何のために敢えてメタエンジニアリングの手法が必要なのでしょうか。

メタエンジニアリングは、「ブレークスルー型のイノベーション」[2]を生み出すためのものです。

そのため、メタエンジニアリングを実施する目的は、ブレークスルー型のイノベーションを実現することである、と敢えて規定されることの意味について考えるにあたり、イノベーションとインプルーブメント(改善)の区別について、確認したいと思います。

「イノベーションとインプルーブメントは基本的に異なる概念であり、少なくとも理念的にはそれらを峻別する必要があります。ところが、近年のイノベーションに関する議論では、インプルーブメント(現状のモデルの練磨・研磨)の話とイノベーション(新しい価値をもたらす画期的新モデルへの置き換え<モデルチェンジ>)の話とかなり混同して語られているようです。」[3]

メタエンジニアリングが目指すところの『ダイナミックな非連続の向こうにある革新的な発展としての「ブレークスルー型のイノベーション」』を実現するためには、当然のことながら従来型エンジニアリングでは足りず、創造的な手法であるメタエンジニアリングが要請されます。

なお、「ブレークスルー型のイノベーション」などの組織内プロデュースに関する考察については、第18回プロデュース・カレッジ「プロデューサーシップ~創造する組織人の条件~」の以下の開催報告をご参照ください。

http://zesda.hatenablog.com/entry/2015/09/01/140447

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イノベーションについてシュンペーターは「技術的にも経済的にも、生産とはわれわれの領域内に存在する物および力を結合することであり、発展は『新結合』の遂行である」と定義付けています[4]。ここでいう発展は、従来技術の改善(インプルーブメント)という程度のものではなく、非連続なダイナミックな革命的な変化によるもののことです。

この「非連続なダイナミックな革命的な変化を伴うイノベーション」を実現するためには、言うまでもなく、従来型のエンジニアリングでは不可能であり、より根源的なメタエンジニアリングの手法が求められるのです。

出典等:
[1] メタエンジニアリング研究所 http://meri.saloon.jp/?page_id=45

[2] 「メタエンジニアリングシリーズ(基礎編)02 メタエンジニアリングの基礎」日本経済大学メタエンジニアリング研究所(2015年)

[3] 「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」妹尾堅一朗著、P6、ダイヤモンド社 (2009年)

[4] 「経済発展の理論」ヨーゼフ・シュンペーター著(1912年)